7つ真珠の首飾り
「こんな物騒なものを押しつけて、本当に申し訳ないと思ってる。
だけどせんべつの品、というだけじゃない。

約束の品だとも同時に思っていて欲しい。

お互いを、忘れない約束だ」


忘れるわけがない、と思った。だけど口にはしない。言葉には必ず余計なものがついてくる。
代わりに表情で伝えようとした。彼を不安にさせないような、笑顔を、と。


「それじゃあ」


わたしたちはお互いをじっと見つめ合って、だけどひとつも触れぬまま、その時を迎えようとしていた。


「――ありがとう」


ティートは最後にそう言うと、海へ潜った。

浅瀬をゆっくりと進み、振り返る。

再び視線だけを送り合ったあとに、ティートは一度高く跳んだ。うつくしい弧を描いて、ざぶりと海へ潜って行く。



結局わたしたちが出会ってから交わしたのは、言葉と視線だけだった。

与え合えたものは、役に立つかもわからない知識と、恐ろしい宝玉だけだった。


「さよなら…………」


穏やかすぎる海面を眺めて出て来たのはその言葉だった。

本当に伝えたかったことは何も伝えられなかったのだ、とその時初めて気づく。


彼の努力を踏みにじるのが怖かった。
そのために押し殺した感情と言葉。

抱え込んだものが大きすぎて、苦しくて。
涙を出すことさえままならなくて。


砂浜にひざをついて、両手で顔を覆った。

泣けた方が楽なのだろうと思うのに、涙も声も胸を塞ぐばかりだった。



平凡な日々に突如現れたうつくしすぎる生き物。

ほんの数週間だけ続いたきらきら輝くような毎日。


その夏、年端もいかぬ女学生に訪れたのは、辛くて苦い、幻のような恋だった。












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