時雨の奏でるレクイエム
朝、猫に案内されて、城の奥にある扉を案内された。
そこは、厳重な鍵がかかっているのか、ぴくりともしなくて開けられなかったはずの扉だった。
ラディウスは簡単な荷物だけをまとめて持ってきたが、クルーエルはバスケットも持ってきていた。
クルーエルに尋ねると、朝ごはんという答えが返ってきたので、なんとなく事情を察した。
ディランか、オリビンの差し入れなのだろう。
そのささやかな気遣いが少しこそばゆい。


扉の取っ手を恐る恐る引くと、それはあっさり開いた。
それから一気に開けると、そこにはいきなり別の世界が広がっていたような、そんな幻想的な森があった。
そこは清浄な空気で満たされていて、猫が『うにゃあぁぁ』と言いながら浄化されていた。
毛並みが灰から鳶色になり、変換された魔力が元に戻って大型犬ほどの大きさの猫の姿に戻る。
それが光の幻獣王に仕える記憶の幻獣本来の姿だった。
きらきらと朝日が落ちてきて、以前アルミナに見せてもらった場所を照らした。

「綺麗……」

感動や、不思議な懐かしさに胸がぎゅうっと締め付けられた。
それはなんだか、苦しいような、くすぐったいような、嬉しいような不思議な感覚で、でも不快じゃなかった。

『ここは最も幻獣界に近い場所だ。だから、ゲートもここに作られたんだ』

猫が尻尾をゆっくり左右に揺らしながら言う。

「俺は人の姿を一時的に失うだけだから、あまり負担はない。だが、クルーエルは」

心配して、ラディウスがクルーエルを見つめる。
クルーエルはふるふると首を振って笑った。
それは心配をかけさせない、という気持ちの表れで、ラディウスは気づいていない振りをした。

「大丈夫だよ。私もほとんど幻獣みたいなものだし、そんな辛くないと思うから」

「わかった。じゃあ、行くか」

「うん」

ラディウスとクルーエルは同時に発光した魔方陣の待つ洞窟へ足を踏み入れた。


そこに誰もいなくなっても、鳶色をした巨大な猫は座って尻尾を振りながら、ここにはいない二人を見送っていた。
< 106 / 129 >

この作品をシェア

pagetop