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 つぶやいた僕に、桜は眉を寄せた。


「前はともかく、今は山なんて大嫌い。

 ここで、仕事も辞めるつもりだったし。

 だから、シンは、わたしが最後に面倒を見る要救護者なの」


 そう言った顔が、寂しそうで。

 僕の胸がまた、どきん、と鳴った。

 どうして、仕事を辞めてしまうのか。

 好きだった山がキライになってしまったのか。

 桜は聞かないで、とは言わなかったけれども。

 僕は、何も聞けずに黙ってた。

 重くなってしまった空気を吹き払うように、桜は笑う。


「この山で、トラブルが起こると、ここに集まりやすいとはいえ。
 
 お互い出会えて、ラッキーだったわね。

 シンは命拾いしたし、わたしだって……」


 桜は、僕を眺めて、小さくため息をついた。

 雪やけして黒い桜の顔は、弱さって言うモノが感じられなかったけれども。

 息を吐く様子が、あまりに儚げで。


「桜……さん?」


 心配になって声をかけた僕に、桜はクビを振った。


「何でもないわ。大丈夫。

 わたし。あなたを呼び捨てにしてるから、あなたもそう呼んで?

 とにかく、吹雪が止まないことには。

 この山小屋から一歩も出られないから、そのつもりでいてね?

 ま、明日には止んで、きっと下山出来るでしょ」


 妖艶なオリヱとは、また違う。

 力強い桜の言葉に圧倒されて、僕はうん、とうなづくしかなく……

 そんな僕を見て、桜は、また笑った。


「さっきまで、低体温症寸前で参っていたから、元気なんてないと思うけど、シン。

 良からぬコトをしたら、思い切り殴らせてもらうからね?」


 わたし、実は合気道二段で……なんて。

 手をにぎにぎしている桜に、僕はクビを引っこめた。


「……しません。僕には、好きなヒト、いるし」


 そう。

 オリヱは、もう僕が居なくなったことは、知ったろうか?

 そして、探しているんだろうか。

 僕は、そっと布団を被り、そのまま自分の膝を、抱いた。




 
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