雨に似ている
雨に似ている
郁子は、涙に濡れた頬をおさえ、詩月を見つめ詩月の演奏を見守りながら、五月に転校してきて以来の詩月の姿を思い浮かべた。




詮索は嫌いだと冷たく言った言葉、絶望から希望は生まれると英訳した時の寂しそうな顔。




「雨だれ」の演奏を放棄した時に見せた悲しげな顔。



ショパンは横顔が美しかったと話した笑顔。



ヴァイオリンで自由に自信に満ち、奏でられた「アヴェ·マリア」。



レッスンの後。
自分のショパンは父親に似ている、ショパンは人前で弾かないと言った辛そうな顔。




練習室で、楽譜を破っていた悔しそうな顔。



屋上で奏でたバイオリンの「別れの曲」、憔悴しきった哀しい音色。




生きたいと宙に伸ばした細い腕。




数ヵ月間の様々な詩月の姿が思い出された。




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