あひるの仔に天使の羽根を
「あ!!! 葉山駄目だ、それは!!!」
ケースを奪おうと駆けつける彼女の足を手刀で軽く弾くと、簡単に横に転がった。
ケースの中には、ご大層な大きさの注射器。
小瓶にある液体がモルヒネか。
私は小瓶を開けて、その中に針をセットした注射器を差し入れ、中の透明な液体を注入した。
「いてててて。何すんだよ、葉……おい、よせって!!! それは一時的な痛み止めで、後で痛み倍増すんだぞ!!?」
私はまた同じ方法で、遠坂由香を横に転がした。
素人だから、面白い程よく転がる。
その間に私は、透明な液体が波打つ注射器を手にして、左手に太い針を突き刺した。
「いててて。…ああ、あああああ!!!」
遠坂由香が注射器を取り上げた時には、注射器の中の液体はもう殆ど私の身体に吸い込まれた後で。
「これはな、最後の手段だったんだぞ!!!? しかもいっぺんに全部使うってどういうことだよ!!? 使うのなら、薬が強力すぎるからと何回かに分けるように言われてたんだぞ!!? 何焦ってんだよ!!? そんな無茶したら葉山の身体が無事なわけないじゃないか!!!」
泣き出しそうな眼差しで激しく詰る遠坂由香に、私は悔いのない強い眼差しを向けた。
「後でどんなことになろうとも、今櫂様を迎えに行かねばいけないから」
ざわめく悪い予感。
少しずつ薄れていく痛み。
本当に即効性がある。
大丈夫だ。
痛みが、治まっていく。
だから私は、立ち上がって部屋を出た。
「葉山!!! ……ああ、ボクもついていく!!!」
怒鳴る遠坂由香を背にして。