あひるの仔に天使の羽根を
 
お試しという期限をつけてまで、あたしに"恋人"役を乞うくらいなら、彼の妙案にはそれが不可欠ということ。


だとすれば、あたしは拒めきれない。


それで櫂が紫堂を継ぎ、それにより皆の顔に笑顔が戻るのなら。


あたしの見栄が招いた事態を含めて、結局玲くんを犠牲にしてしまうことが心苦しくて仕方が無いけれど。


玲くんは意外にも、過去彼女が居たという。


いつも櫂の影で電脳世界に引き籠り、機械弄りばかりしているイメージがあったから、現実(リアル)世界を満喫していたということが驚きだ。


だけど、病院でも綺麗な看護師がどんなに騒ごうと一向に気にせず、マイペースを貫き通せる様だとか、フェミニストな様子だとかを思い返せば、櫂や煌よりも華やかな過去を持っていてもおかしくないだろう。


逆にそういう経験がなかったと言われる方が驚きだ。


――先輩の言うことに間違いないよ?


彼の自信あり気なあの様子では、付き合った女性は結構いるのかも知れない。


きっと可愛くて性格の良い女の子ばかりなんだろう。


どんな高嶺の花であろうと、優しい王子様たる玲くんならきっと手に入れるには容易い。


そして玲くんと付き合えたそんな幸せな彼女達が、今玲くんと別々の道を歩める現実が、それを納得出来る辺りが…どうしても釈然としないけれど、機会があれば社会勉強に色々聞いてみたいとも思う。


彼にも好みがあるだろうに、あたしが相手なのは本当に申し訳ない。


恋愛経験ない為、例え"ふり"だろうとも、どう振る舞えば玲くんが喜ぶのか判らないけれど、せめて…仮初の時間でも、玲くんが後であたしと"付き合った"ことに対して振り返る時、不快に思うことのないようにと願わずにいられない。


玲くんは、あたしの恋人記念の第1号が"偽りの恋人"となるのを気遣い、"本気モード"の"お試し"の言葉を引き継いでくれて、あたしの瑕疵を浅くしようとしてくれている。


あたしも彼の優しさに精一杯応えて、何が何でも櫂を元に戻す努力をしよう。


それが優しい玲くんへの恩返しだ。



< 810 / 1,396 >

この作品をシェア

pagetop