天狗様は俺様です!
しばらくして離されると、私はまた地べたにへたり込んだ。
息苦しかった所為で、意識が朦朧としている。
肩を揺らし、酸素を求めた。
「ごちそーさん」
男は満足そうに私を見下ろしてそう言うと、飛んで帰ろうとしているのか翼を広げる。
やっぱりムカつく。
何で私は一瞬でもこんなやつにドキドキしちゃったのよ!?
そんな私自身に、更に腹が立った。
「ああそうだ」
男が翼を広げたままの状態で、何かを思い出したような声を出す。
「俺の名前教えてなかったな」
「名前?」
そういえば聞いてなかった。
って言うか名前あるの!?
“天狗”が名前じゃないんだ……。
「ああ。……まあ、もちろん教えるのは真名(まな)じゃないけどな?」
そう私を嘲る男にホント腹が立つ。
うっかり本名教えた私がそんなに馬鹿っぽいか!?
心の中で叫び、怒りをそのまま目に宿らせ男を睨む。
でも男はその睨みを無視し、名乗った。
「俺のことはカイと呼べ。じゃあな、実花」
そうして、カイと名乗った天狗は空高く舞い上がる。
その黒い塊が段々小さくなっていくのを見ながら、私は走馬灯のように今日の出来事を思い返していた。
軽い気持ちで山に入ったばかりに……。
迷ってあの綺麗な池にたどり着いてしまったばかりに……。
あんな……。
あんな俺様天狗に無理矢理契約されちゃうなんて……。
「誰か夢だと言ってぇーーー!」
私の叫びは、広い田舎の地にいつまでも響いた。
まるで、あのカイとの関係がこれからも長く続くとでも言っているかのように……。
《第一話 天狗との契約 【完】》