失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】



暗い窓から冬の夜空を見た

兄貴はどこで泊ってるんだろう

あの部屋じゃなければいいけど…

僕は帰らない兄を待つ自分の

気持ちにいたたまれなくなった

ベンチコートを羽織って

訳もなく夜中外に出た



スニーカーをつっかけて外に出ると

玄関を出てすぐ脇のブロック塀に

寄り掛かって父がタバコを

ふかしていた

いつも晩酌が終わると

すぐ寝てしまう父がこの時間まで

起きていることにちょっと驚いた

「なんでここ?」

僕は少しふざけた感じで父に言った

「10年に一度の途中覚醒だぞ」

父はまだ少し酔っていた

「お前は珍しいものを見たと思え」

「うん…そう思うよ」

僕は可笑しくて笑いながら答えた

父は遅くまで起きている僕を

咎めることなく二本目のタバコに

ジッポのライターで火をつけた

オイルの匂いがプンと香ってきた

僕の好きな匂い

「あいつが…死んだってなぁ…」

父は思いもかけないことを口にした

「あ…うん」

父は少し黙っていたが

夜空を眺めたまま

僕に聞かせるともなしに話を続けた

「お前の兄ちゃんは…エライぞ」

兄の話が父の口から出て

僕はドキッとした

「人の運命はどうすることも出来な

いけどな…あいつは一生懸命生きて

る…小さい時から自分のことより

人のことばかり考えてな…」

父は言葉を選んで話している

みたいに思った

「なぁ…親父」

僕は父に思いきって尋ねた

「なんであの人は母さんと結婚した

のかな…」

父は黙ってうつ向いた

「俺が知るわけねぇだろ」

父はサクッと答えた

「それは俺にも謎だ」

父は付け足した

「母さんも知らないかもな」

僕は驚いた

「知ってるとしたら兄ちゃんぐらい

かもな…それもわからねぇけど」

父は三本目のタバコに火をつけた





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