失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】



「僕…最期に会ったよ…あの人」

僕はふと父に言いたくなった

「そっか…」

父は咎める様子もなく言った

「兄貴に謝ってた」

「当たり前だ…あの世からも兄ちゃ

んに謝り続けろ」

父は少し怒った

「謝ってたか」

「うん」

「良かった…兄ちゃんが救われる」

父はちゃんとわかっていた

「でもあいつはひとつだけ良いこと

をした」

父は意外なことを言った

「え?なに?」

「俺と母さんを逢わせてくれた」

父は下を向いて小さく呟いた

「あいつがいなかったらお前もいな

い…悔しいが事実だ」

父は小さく"クソッ"と言った

「兄ちゃんにも逢えなかった」

「そうだね」

それは破滅的だ…僕もいないけど




「俺は兄ちゃんと友情の約束をした

んだ」

父は不思議なことを言った

「出逢った時あいつは小さかったけ

ど…俺なんかよりずっと大人びてい

た…俺は母さんを守ってくれと兄ち

ゃんから頼まれた」

それは初めて聞く話だ

「だから俺たちは友情の約束をした

…男同士の誓いだ…二人で母さんを

守ろうってな」

僕が感じていた二人の友達みたいな

感じはそういうことだったのかと

僕は改めて思った

「でもな…良いやつにも程がある」

父は悔しそうに言った

「兄ちゃんはワガママが足りねぇ」

ホントだ

「それが心配なんだ…俺は」

父はマジな顔になった

僕は思わず言った

「兄貴を…守ってよ」

父は言った

「俺たちも友情の誓いをするか?」

僕は答えた

「うん…今度は兄貴のために」

僕たちは拳と拳を合わせた




親父は気づいているはずだ

兄貴の心の中に潜む闇を

だけど

僕たちのことは言えない

言えないけど

今日父と話ができたことが

ほんの少し僕の気持ちを救った




「寒みぃ…寝るぞ」

「うん」

僕らはそれぞれ部屋に戻った









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