失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】

来るべき者




苦しみに一晩さいなまれて

兄は幽鬼のような顔で

朝を迎えていた

朝食の時間はすっかり過ぎて

父は仕事にとっくに出掛け

母は部屋の掃除中で

僕たちは出かけると母に言って

昼前に家を出た

僕たちは無言で歩いていた

春休みももう少しで終わる

今年は寒い冬が長く

三月というのにまだ肌寒く

あまり冬と変わらないいでたちで

皆歩いていた

兄は無言のまま僕の横に並んで

肩をすくませてマフラーに深く

顔を埋めていた

いつもなら自転車で行く道を

二人で修行者のように歩いた

兄は僕が何処に行くかも聞かず

ついてきてくれた

30分ほど歩き僕の高校の校舎が

遠目に見えてきた

そこから少し通学路から離れ

しばらく歩道を歩くと

尖塔に十字架の先が見え

兄もどこに連れて来られたか

わかったようだった

それは兄と再会した教会

僕が初めて奇跡を見た場所だった






教会の階段を上がり木のドアを

そっと開ける

あの不良神父は"いつでも来い"と

僕に言ってくれたが

実際来たのはあの時以来だった







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