失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




久しぶりに此処に来た

教会の中は誰も居なくて

ステンドグラスと窓から

明かりが中に差し込んで

薄暗い教会の中は光の帯が何本も

天の光のように床に降りていた

僕たちは一番後ろの席に

並んで座った

目の前の磔のイエスが

僕たちを見守っているようだった

「前から思ってた…兄貴が自分を裁

くのは不公平過ぎないかって」

兄貴は机に目を落とし

黙ってそれを見つめていた

「もっと公平な人が裁くべきだと思

うんだ」

僕は思ったことをそのまま話した

「クリスマスに僕が祈ったら兄貴は

帰ってきた…病院で祈った時母さん

は兄貴に話してくれた…神は兄貴を

救いはしても一度も…裁いたことは

ないんだ…兄貴は宇宙の完璧な美し

さを知ってるんだろ?…兄貴も僕も

宇宙になら裁かれても納得できる…

そう…思わない?」

兄は目を閉じていた

「僕は…キリスト教の信者じゃない

でも…僕を超えた力を見てしまった

兄貴は自分で全部背負い込んで…

自分を責めて…こんなに苦しんで…

僕は兄貴の苦しむ姿に心が引き裂か

れる…痛いんだ…自分のことみたい

に…痛くて苦しい」

泣きつくしたはずの兄の目に

またみるみる涙が溜まるのが見えた

「昨日も言ったけど…僕は…どんな

答えも受け入れる…それがリセット

だ…でも兄貴が苦しむような選択は

アウトだ…兄貴が苦しいなら…僕は

幸せにはなれないよ…絶対に」

僕はすでにその時心の中で

必死に祈り続けていた

神さま…兄にはあなたが必要なんだ

こんな過酷な運命

あなたなしにやって行けるわけ

ないでしょ?

「僕と兄貴が幸せになれるように…

今度は兄貴が祈る番だ」

わかってるんでしょ?

兄貴の前に早く顕れて

あなたが兄貴愛してるって

教えてあげて

「僕は兄貴の…兄貴は僕の幸せを

いつも願ってる…なら二人とも幸せ

にならなきゃ嘘だろう?」

「ああ…そう…かも知れない」

兄はこの日初めて口を開いた

でも兄は途切れ途切れにこう言った



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