失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




「あの…」

誰かが声を掛けた

「大丈夫ですか?」

大丈夫…じゃない

病気のほうがマシかも

「…大丈夫…です」

僕はうつ向いたまま身体を起こし

イヤホンを耳から外した

「具合悪いのかしら?」

見ると70歳位のおばあさんが

心配そうに僕をのぞきこんでいる

僕は泣くのも止められず

なぜか見知らぬ彼女に話していた

「好きな人と別れたんです…愛し

合ってたのに…愛し合ってたのに」

彼女はカバンを探ると

僕にハンカチをくれた

「悲しいわねぇ…でも愛し合えたな

んて…幸せだわよ…泣いちゃうほど

愛し合えるなんて」

彼女はニコッと笑った

「あなた素直な子ねぇ…きっと

お相手も幸せだったわよ」





ようやく

立って帰れる

僕はフェンスにつかまり

のろのろと立ち上がった

「ありがとう…ございます」

僕はハンカチを彼女に返そうとした

「あげるわよ…まだあなた泣けるで

しょ?」

彼女の言う通りだった

宇宙はやはり

今日も完璧だった







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