失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




「初日だから…3キロにしとくか」

兄は一人で勝手に決めて

走る前のウォーミングアップを

始めていた

あわてて僕もアキレス腱の

ストレッチに入った

兄と走るのは意外にも

初めてのことで

僕は球技は得意だけど

脚が速いわけではなく

持久力の要るマラソンは

好きじゃないし得意でもなかった

兄は短距離の選手だったが

ジョギングは好きだったのと

多分…例の理由で

毎日5キロは走っていたらしいが…



「ゆっくり行くから…ついて来れな

かったら言えよな」

「3キロってどこからどこまで?」

僕は兄に訊いた

「S公園まで往復」

「…あっ…そう」

まあ…行って行けない距離では

ないけど…

僕は兄の我慢強さの源をかいまみた

僕なら“絶対に”自分から走らない

続かない自信はある!

「さて…行くか…」

軽くステップを踏んで膝をほぐす

兄の顔がスッと修行僧みたいに

禁欲的な透明感を帯びる

その変化が妙に僕をドキッとさせた

「じゃ…行くぞ」

「OK…」

僕らはS公園目指して走り出した





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