失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】

実は日常こそ狂気が支配する





兄は自分が何の研究をしているのか

については僕に自分から話すことは

あまりなかった

かなり高度に専門的な分野だし

あまり理数系の得意でない僕には

詳しく話されてもさっぱりではあり

普段からあまりしゃべらない兄は

敢えて話さなかったと思う




僕が兄にそれを尋ねたのは

今のところ何を研究してるか

ではなく

なぜこんなにすぐ

部屋がゴミだらけになるのかを

聞きたかったに過ぎない




僕と兄はこの週末

再び掃除をしにあの部屋に向かった

今度はホントに掃除がメインだ

もう梅雨も終わりに近づいていて

蒸し暑い日が続いている

今日も雨は降らないが厚い雲が

朝から隙間なく空をおおっていた

駅からの慣れた道を二人で歩く

こんな外出でも僕たちには

デートの替わりだ



午前中かけてまずゴミをまとめた

分別がうるさいので時間がかかる

いつも問題はキッチンだ

腐りかけたコンビニ弁当の残りとか

カビたパンのカケラとか

飲み残しの缶コーヒーとか




「僕は独り暮らししたことないから

わからないけどさ…」

僕は何気なくきいた

「これ…腐る前に片付けるのって

至難の業?」

兄はなにも言わなかった

「ねぇ…聞こえてる?」

「ああ…」

それだけ答えて無言でゴミを集めて

兄は袋をしばった

「とりあえず中身入ったまま捨てる

とかさ…」

「ああ…」

「カビとか…身体に悪そうだし」

「…」

「聞いてる?」

僕は何も答えない兄に確認した

「…無理」

兄がボソッと呟いた

「なんか…大変なの?」

僕は兄の「無理」という言葉に

なにか気になる影を感じた

「研究の方とか…?」

「まあ…そうかな」

兄は僕に目も合わせず言葉を濁した

「秘密?」

僕は何の気なしにきいた

「秘密…って言えば質問終わる?」

兄は逆に質問してきた

別に怒ってる風もなくただ淡々と

僕はその言葉を聞いて

急に不安になった







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