失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




崩れ落ちるようにタイルに座り込む

人がなぜほとんど平和でないか

そう

兄が実の父親から

あんな仕打ちを受け

あの人が母親から

愛されなかったように

みな…自分の居場所を求め迷い

泣き叫んでいるような

そんな幻想が脳裏をよぎり



僕は気づいた



兄の愛が

そして兄を愛する心が

僕にとっての居場所なのだと

誰からも奪わず

誰にも奪われない

与えられ与え合う想い

それしか確かなものがない

僕が誰にも危害を加えることが

ないようにしてくれた

兄の愛がそうしたんだ







悲しみの連鎖

誰かにつなげるくらいなら

そこで死にたい

僕は不意に僕たちの歌を思った

(世界を愛で満たして…)





それが

願いだ

僕はそのために音を紡ぐ

それ以外今の僕を

音楽に向かわせる動機はないんだ

(君が誰かを救いたいなら

君が神を感じている証拠だ

君の悲しみは神の慈悲

君の苦しみは神の目覚めの苦い薬

君の絶望は神の不在

君の喜びは神の愛

君は神といつも共にある

そして

君の祈りは神の救いだ…)

だとしたら

僕の中に神のカケラでもいい

それが在ると

今それを信じたいんだ

僕は床に両手を着き

崩れそうな身体を支えていた

だって僕たちが共鳴して

あの倍音になるならば

それが

エンジェル・ボイスと呼ばれるなら




お願いだから

そのカケラを僕に下さい












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