失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




しっかりと抱きしめられてる

真夜中

僕が求めたから




包まれる

それだけで

泣き出しそうになるくらい

優しい手で頭をなでられ

切な過ぎて身動きも出来ない




「すごく…悲しい顔して…」

兄がささやく

「悲しそうなのに…温かいな…あふ

れてるよ…お前の心が…ね」





何を感じ…何を決めたか

兄には言わないまま

なのに

でもわかってる

いつもそうだ




「決勝…聴きに行くから…」

「ほん…と?」

「ああ…必ず…行くよ」

「ありが…と…」

聴いてもらえるんだ

すごく嬉しい





「兄貴のために歌う…それが…広が

るんだ…全世界に」

「そうか…俺にはもったいないな」

兄は微笑んだ

「でも…広がるなら…良い」

そう言って兄は深く息を吸った

「お前は…静かに願いを叶えていく

な…静かに…確実に…ね」

「兄貴だって…」

気のせいか兄の手に力がこもった

ような感じがした

「…ああ」

兄はそう言ったきり

何も言わなくなった

沈黙が闇を包む

このまま闇に二人で溶けて

ひとつになってしまいたい

兄と僕

その存在のユニゾンから

天まで届く倍音が響いている

そんな気すらする

それは耳にも聴こえない

沈黙のエンジェル・ボイスとして









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