透明な翼
プロローグ
二年前――




「ばいばい、お兄ちゃん」

妹が寂しそうに手を振る。

僕は振り返って曖昧な返事をした。

「あぁ……またな」

自分でも素っ気なかったと思う。

これが、もう会うことの無い妹に対する言葉なのだろうかと。

けれど僕はそれ以上一言も話さずに車に乗り込んだ。




僕の両親は離婚した。




僕は母と、妹は父と、それぞれ別の道を選んだ。

けれどそれは深く考えて決めたことじゃない。

僕は母の引越し先が当時通っていた高校に近かったから。

まだ中学生の妹は、転校が嫌でこの家に残りたかったから。

ただそれだけだ。

僕等は正直、どっちでもいいと思っていた。

どちらに付いても、結局は何も変わらない。

ろくでもないこの人生は変えられない。

もう僕等は諦めていたんだ。

こんなことを考える子供がいるこの社会に、心から幻滅する。

僕はともかく、まだ中学生の妹の人生を潰したこいつ等は最低の大人だ。

これから僕は鬱病の母と、虐待を受けながら生きる。

妹は浮気をしたクズな父と生きていかなくちゃいけない。

でも妹が、自分を自殺未遂にまで追い込んだ母から開放されるのは、喜ぶべきかもしれない。

包丁を振りかざす実の母親に、泣きながら“お前なんかいらない”と言われる気持ちが、理解できる子供がこの世に一体何人いることやら。




ゆっくりと車が動き出す。

徐々に小さくなっていく妹の姿を、この目に焼き付けるように見つめた。




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