暖簾 のれん
(離婚届の用紙ってこんなに大きいんだ。)
緑色で印刷されているこの用紙を広げてしみじみ思った。
何の躊躇もなく、サクサクっと書きあげて印鑑を押した。

両親には本当の理由は言えなかった。両親の年代から言うと、多分ものすごい軽蔑の目で彼を見るだろうと思った。それに1つ1つ思い出しながら口に出して説明するのが辛すぎた。だからいつか話せる日が来たなら話そうと思った。

もちろん両親は大反対をした。婿養子だった主人は離婚後は故郷に帰るだろうし、そうなったら父の会社も辞めねばならない。

「片腕をもぎ取られる気分だ。」無口な父は低い声で私にそう言った。
「ごめんなさい。でも私の人生だから・・・。」そう言うしかなかった。

今まで行った事のない国・・・東南アジアはマレーシアに白羽の矢を立てた。
寒い国だと心が冷え切っているのに体まで冷えるのは御免だと思ったから。
そう、単純にそう思ったからだった。


主人の出勤時間に自宅に戻り、スーツケースに荷物を詰め込んだ。
出発の日、重いスーツーケースを車のトランクに悲しそうに乗せる父が小さく見えた。
(私はやはり間違っているのだろうか??)後ろ髪をひかれる思いだった。

母は泣いていた。「思い直すことは出来ない?」何度も同じ事を聞いてきたが首を縦には振れるワケがない。

お葬式のように重い足取りで空港へ。チェックインを済まし、まだ時間はあったものの、母の顔を見続ける事が出来なかったのでさっさと搭乗口に進む事にした。
こんなに悲しい目にあわせてしまい、申し訳ない気持ちで一杯だった。

「お母さん、心配しないで。逃げるんじゃない。自分を取り戻しに行くの。貴女の娘を信じて。」

私の精一杯の母への言葉だった。

母は涙を拭くと、周りの目も気にせずに私をギュッと抱きしめた。

とたんにポロリと1粒だけ涙が出たが、精一杯の作り笑顔で「行ってきます♪」そう言って母と別れた。

飛行機が滑走路を走り出す。フワッと浮いたかと思うとみるみる小さくなる故郷を見下ろした。悪夢にさようなら・・・。新天地では何でも出来る、何があっても頑張れる。
 

そう、私の人生は今リセットされたのだった。

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