見えない糸
左回り
次の日から紗織の記憶を戻す治療を始めることにした。
場所は病院ではなく、自宅の直次の部屋で。
とにかく、リラックスしてもらう為だ。

「オジサン、何時からやるの?」

鳥の唐揚げを作りながら、紗織が聞いた。

「んー、晩ご飯食べて風呂入ってからにしよう」

直次は新聞を読みながら答えた。

紗織の様子は普段とあまり変わらないように見えた。

いつも会話をしながら食事をする。
紗織の楽しい話が、直次は大好きだった。

「なぁに?ジーッと見て…」

紗織が箸を止めた。

「いや、美味しそうに食べるなーと思って」

直次がフッと笑う。

「そぉ?ご飯は美味しく、楽しく食べなきゃねー!」

最後の一口をパクッと食べると

「ごひふぉーはま」

と両手を合わせて言った。


時計は21時を少し廻っていた。

直次が3本目のタバコを吸い終えると同時に、扉をノックする音が聞こえた。

「オジサンお待たせ」

髪を1本に束ねた紗織が、直次の部屋に入ってきた。

「オジサン、何か用意する物とかある?」

「ん?別に無いよ」

「じゃ、お茶淹れてこようか?」

「大丈夫だよ。お前緊張してるんだろ?」

笑いながら紗織を椅子に座らせた。

「だって…」

「まぁ始めての事だから当然といえば当然なんだけど。何も考えないで、ただ座っていればいいんだよ」

紗織の頭をポンポンと叩いて言った。


「じゃ…この音を聴いてて…」

照明を落とし、静かな波の音のCDをかけた。


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