見えない糸
「紗織…」

直次は、それ以上言葉が見つからなかった。

「オジサン…」

紗織は直次の向かい側のソファーに座って言った。

「オジサン、アタシは自分の過去なんて、知らなくてもいいと思ってた。今こうして、オジサンと生活していけるなら、記憶を戻す治療なんて必要ないって…ただ、オジサンも分からないアタシの過去を、知らない誰かが知っている…それが怖いの!」

真っ直ぐ顔を上げ、時々唇を噛みながら話す紗織を見て、胸が苦しくなった。

「紗織」

直次は紗織の隣に座り、抱きしめながら言った。

「大丈夫だ!少しずつ紗織の過去を辿ればいいんだ。あんな手紙、気にすることはない!俺と一緒に紗織の記憶のパーツを探していこう。大きなパズルを完成させよう。俺は紗織の父親だからな!」





どれくらい紗織を抱きしめていただろう…

紗織は直次の腕の中で、いつの間にか眠っていた。

ソファーに寝かせ、タオルケットをかけた。

タバコに火を点け、深く煙を吸い込み、ゆっくりと溜め息のように吐き出し、あの手紙をもう一度読んだ。


【紗織の過去を知っている】


一体誰が…?
読む度に腹が立つ。


【紗織の過去を知っている】


たったこの一行で、紗織の心を乱したのだから。


『誰なんだ!!』

吸っていたタバコを乱暴に消した。
直次は心底込み上げる怒りで震えていた。
無表情の手紙を握りつぶしながら誓った。



『紗織は絶対に守ってみせる!!』
















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