求愛
タクシーに乗り込んで帰宅の途についたものの、あたしと乃愛に会話らしい会話なんてなかった。


好きな人にハメられて、知らない男達に体を貪られ続けた梢の気持ちは、計り知れないものがある。


セックスを軽んじたあたし達への、これが天罰だとでも言うのだろうか。



「梢、大丈夫だよね?」


乃愛は不安そうに、まるで確認めいた聞き方をする。


けれど、答えられなくて、あたし達なんかに一体何が出来るだろうかと思う。


周りが親身になり過ぎれば、逆に心の傷が広がることもあるということを、あたしは知っているから。


ただ、窓に映る流れる景色を見つめていた時、乃愛の携帯が鳴った。



「はい、はい、うん。」


電話口から微かに漏れる落ち着いた男性の声色は、きっと例の不倫相手なのだろう。



「大丈夫だよ、またね、先生。」


短くだけ通話を終了させた彼女に、



「…“先生”?」


「あぁ、つい昔の癖でね。」


乃愛は携帯へと視線を落とし、懐かしむような顔をした。



「あたしの中学の時の、塾の先生だったの。
学校にも家にも居場所がないって思ってて、あの頃、先生だけがあたしに親身になってくれたんだ。」


「………」


「いつも勉強なんてそっちのけで、先生はあたしのつまらない毎日の話を聞いてくれたの。
でも卒業してから塾も辞めて、そのまま疎遠になっちゃったんだけどね。」


けれど偶然の再会は、今年の春先。


先生はいつの間にか結婚してて、子供まで生まれていた。


でも、昔のように色んな事を相談して、何度も会っているうちに、そういう関係になってしまったのだという。

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