ひねもす月
満面の嬉しそうな笑顔が光のように、ともすればふさぎ込みがちなカナタの心を照らしてくれる。

あの頃にはどこにも見つからなかった光だ。


「着替えてくるから、先に行ってて。
あ、そうだ。チョコレート買ってきたから、食後に食べよう」


制服のネクタイをほどきながら言うと、ミナはパッと顔を輝かせて、うんうん、とばかりに元気に首を振った。


可愛いなぁ。


純粋に思う。

これだから……「おにいちゃん」はやめられない。

ささいなことで、相手も、自分も、救われる。


カナタも祖母も、もしかしたらミナも。この生活が永遠に続くことを祈っていた。
それぞれが永らく忘れていた平穏が、ここにある。


美しい湖に、青い空。
広がる田んぼに、連なる山並み。


時折、これは夢かもしれないと不安になるほど。


ザ……ッ

古びて重たい襖を開け、自分に割り当てられている部屋に入る。

真ん中に置かれた低い机の上で、ケイタイがピコピコと光っているのが目に入った。

どうせ、母親からの要らないメールだ。


バサリ


脱いだシャツをその上に投げ捨てる。


入ってくるな。


この満ち足りた毎日に。


…………すぅ……


廊下に戻り、一つ、大きく息を吸う。

絵の具と、古い家の優しい匂い。


--大丈夫。


相手もなく呟き、カナタは早足で、カチャカチャと音の立つ茶の間へと急ぐ。


大切な家族が、カナタが来るのを待っているから--。




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