ひねもす月
外孫のカナタには、三ヶ月前まで、祖母の記憶はあまりなかった。

この家では、あまりにも、ダイチとミナの印象がが強烈で。
……そもそも年に1度くらいしか、この場所には来なかったせいもある、けれど。


しかし、それもミナが心を病んでからは、なくなっていた。
お正月もお盆も帰らない。たまに電話でやりとりするだけ。
母は、カナタを近づけることを極端に嫌がった。
心が壊れたら、もう完璧な人間にはなれないから。

だから、覚えているのは、古い記憶。


「……海、だね。すごく綺麗だ」


幼いミナは、キャンバスを好まない。
油絵の具や、特別な技法も、覚えない。

ただ、大きなスケッチブックに、色鉛筆やクレヨン、水彩絵の具で描くだけだ。

それはまるで、低学年の図工の時間を見ているようで。なのに、図鑑に劣らぬ緻密さで。


夕闇の縁側は薄暗くて、橙色の電気をつけると、画用紙がぼうっと浮かんで見えた。

そこに表れたのは、カラフルな大小の魚たち。
鱗一枚一枚までが輝くような光沢で、ヒレの一筋一筋までがくっきりと描きこまれている。
青い波は場所により水色にゆれ、場所により、紺碧の深さを見せていた。






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