光の子

深き赤





矢楚は、家の近くの小さな公園の外周を、軽く走りながら上の姉の沙与が来るのを待っていた。

母が自殺未遂してから、二ヶ月以上が経っていた。母は妹の家に身を寄せている。
矢楚と二人の姉は学校があったので母と共には行けなかったが、年明け早々に受験を推薦で勝ち取った沙与は、母のもとにまめに通っていた。

国立の医大をめざして予備校に通っていた沙与は、母の自殺未遂の直後、さっさと予備校を辞め、誰にも相談せずに、志望校を変えた。

この春開校する私立の薬科大学が学費免除の特待生を推薦入試で募集していた。

そのわずか二名の特待生枠に、沙与は見事合格した。周りの友人には、受験から逃げ出したと陰口を言われたらしい。
実績の無い新設校など、その後の進路を考えれば不安ばかりだ。何より、薬科大では医師にはなれない。
県下の公立高で随一の進学校の、中でも優秀な生徒だった沙与。夢のために打ち込んできたこれまでの努力を、母のためにさらりと捨てて、沙与は飄々としている。

矢楚は、夢を追う以上の勇気と高邁さを、沙与の何も語らぬ横顔に見ていた。


< 209 / 524 >

この作品をシェア

pagetop