わがまま娘の葛藤。



「…今の、蘭さん?出なくていいの?」

キッチンでコーヒーを煎れながら。
礼に背を向けながら聞く。
とてもじゃないけど、正面切って聞けるようなことじゃない。


「別にいいんじゃん?」

素っ気ない返答。
テレビの音が途切れ途切れに聞こえる。
チャンネルを適当に回してるんだろう。

苛ついたときの、礼の癖。

だから、なんで。
そんなふうにごまかすの。



「…礼が蘭さんに冷たいのは、昔付き合ってたから?“初めて惚れた女”だから?」

コーヒーを手渡すと同時にそう告げる。

怖くないわけない。
面と向かって礼の口から、“そうだ”だなんて、聞きたくない。

でも、このまま見て見ぬふりなんてできない。
てゆうか、どうせすぐばれるんだし。


あたしが手渡したマグカップを受け取りながら見つめてくる。
いつもなら、どきどきして目を逸らしちゃうところだけど。
今日ばかりはそういうわけにもいかない。

「…なんでちーがそんなこと知ってんの?」

「大地くんに聞いたの」

“なんで”

「蘭さんとのこと、気になったんだもん。礼に聞いても教えてくれないなら、大地くんしかいないと思って」

こわい。空気が張り詰める。
沈黙を破ったのは、礼の深いため息だった。


「俺、気にすんなって言わなかった?勝手に詮索みたいなことしてんなよ!」

手に持っていたマグカップを乱暴にテーブルに置く。むしろ叩きつけるに近い。


――たぶん、本気でキレてる。

でも、あたしだって引き下がれない。

勝手に礼の過去を“詮索”して、礼が怒るのも理解はできる。
誰だっていい気分じゃない。
だから、あたしがいけないって分かってる。


でも、“気にすんな”って言われて。
『あぁ、はい。分かりました』なんて、そんな簡単に納得できるわけないじゃん。

挙げ句、蘭さんにあんな宣戦布告されて、いやまぁそれは礼は関係ないけど。

気にすんな、って、本当にそう思ってるなら、あんな態度とらないでよ。
明らかに何か隠して、ごまかして。

気になるに決まってんじゃん。
不安になるに決まってんじゃん。


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