蜜蜂
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光る携帯。
コールの表示。名前は澤木。


「もしもーし」


『澤木です。…電話番号あってる、よね?』


「あぁ、うん。あってる。」


少し笑ってしまった。
携帯で最初に名前を言うやつって、少ないから新鮮で。
そういえば、メールは何度もしてるけど、電話は初めてかもしれない。


『えっと…いきなり本題に入って大丈夫?場所とか―…。』


「大丈夫。今階段下にいるし。」


『そっか、よかった。
…えっとね?名前、さっきも言ったけど、杏花が正しいの。
最初の自己紹介の時にね、私フルネームで名乗らなかったのがきっとそれが要因、だと思うのね。
それに背びれ尾ひれがくっついた結果が"澤木杏"。
ちゃんと名簿とかには杏花で乗ってるけど、名前だけが独り歩きしてるの。わかった?』


「…いきなりたくさん喋るから、頭ついて行かないんですけど。」


こんなに喋る人間だと思ってなかったので、少し驚いた。
そして、聞いた話を頭の中で反芻して噛み砕く。


『あ、ごめん。どこで切るべきか悩んで…』


「謝らなくていいよ。平気だから。」


俺はそう言いながら、相手が目の前にいるわけでもないのに手を動かしていた。


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