楽園の炎
「そうだ! 朱夏に、お土産を買って行ってあげましょう! ねぇ、旅人さんは、何がいいと思う?」

ベールを翻して、きょろきょろと辺りを見回すナスル姫に、憂杏は苦笑いをこぼした。

「おいおい。俺はいつまで‘旅人さん’なんだ? 自己紹介、しませんでしたっけ」

己の胸に手を当てて、おどけてみせる憂杏に、ナスル姫は困ったように小首を傾げる。

「だって、‘憂杏さん’って、何だか言いにくいんですもの。朱夏と違って、とっても年上のかただから、呼び捨てにするのも、躊躇われるし」

おや、と憂杏は、意外に思った。
姫君なのに、庶民を呼び捨てにするのを躊躇うとは。

「構いませんよ。確かにナスル姫様とは、随分歳が離れておりますけども。身分は姫様のほうが、随分上なのですから」

「じゃ、憂杏って呼ぶわ。あ! 何だか憂杏の口調が、改まっちゃってる!」

びしっと指を突きつけられて、今度は憂杏が首を傾げた。
確かにそうだが、今までのぞんざいな物言いのほうが、おかしいのだ。

「おかしいですか?」

「おかしいわ。柄じゃない」

「確かにな」

ずばりと言われて、憂杏は口調を崩し、ひょいと市を見渡した。
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