楽園の炎
確かに、今のままでは夫であり大国の宰相である夕星にタメ口で、商人の妻であるナスル姫に敬語、というおかしなことになる。

「だって、ユウとは立場が逆で出会ったんだもの。ずぅっと商人のふりしてたしさ。あのままだったらあたし、ユウが死んじゃうまで、ユウのこと知らないままだったし」

言いながら、朱夏は思わず泣きそうになった。
あのときのことを思い出すと、いまだに胸が苦しくなる。

「ユウの奴・・・・・・。こんなにあたしを弱くしちゃって・・・・・・」

ぶつぶつと文句を言う。
静かに憤慨する朱夏に、炎駒はグラスを傾けながら言った。

「そうそう。夕星殿は、コアトルの知事を希望しているようだな」

「あ。そんなこと、言ってました。でも・・・・・・宰相が、首都から遠く離れていいものでしょうか。あの、あたしが何だか、ユウの邪魔をしてるみたいで・・・・・・」

しゅん、と言う朱夏に、炎駒は少し考えた。

「まぁ・・・・・・お前のことを考えてのことだろうが。しかし、コアトルの町を治めるには、それなりの手腕の人物が必要なのは確かだ。貿易の要の町を治めるということは、そう簡単なことではないのだよ。あの若さで宰相の職をこなせる夕星殿には、適任といえないこともない」

そういう難しいことは、朱夏にはよくわからない。
炎駒は、上目遣いで見上げる朱夏の頭を、安心させるように軽く撫でた。

「その辺のところは、彼に任せておきなさい。そこまで言ってくれているのだ。それだけでも、十分に有り難いことだろう?」

「ええ」

頷き、朱夏も炎駒に微笑み返した。
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