遠い坂道

 そのあと、笹木先生とどんな会話をしたかは覚えていない。


 頭の中は一人で生徒達の前に立たなければならない緊張と不安が渦巻いていた。


 授業やら何やらで教壇に立つことはあるが、それとこれとは別問題だ。



 少しだけ開けてある窓から桜の花びらが入ってくる。外は光に満ち溢れていた。
 まるで全ての物事を祝福しているようだ。


 リノリウムの床が歩く度に鳴った。丹念にワックスがけされた床に、不安そうな私の姿がぼんやりと映り込む。



 東側の階段を上がってすぐに三年五組の教室はあった。

 去年も授業のために何度となく訪れているはずなのに、足が竦んでしまう。



「大丈夫、大丈夫」


 私は目を瞑り、心の中に恩師の姿を思い浮かべる。
 恩師は教室へ入ってくる時はいつも笑顔だった。その優しい笑顔に私はいつもホッとしていた。


 無理矢理口角を引き上げる。




 そして、一気に戸口を引いた。




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