遠い坂道


 質問地獄から解放されたのは、ホームルーム終了間際十分前だった。


 ようやく、村上先生が現れたのだ。


 村上先生は人畜無害そうな笑顔で教室へ入って来る。後ろから入ってくるあたり、若干の罪悪感があるようだ。


「すまん、遅れた」


「村上せんせい、遅い!」


「もう自己紹介も終わっちゃったよー」


「ははっ、申し訳ない」


 胸ポケットに差さっているのは、娘さんの入学式で貰った飾りだろう。おいおい、ちゃんと外して来いよと言いたくなる。


「高崎先生、すまん」


「いいえ、大丈夫です」


「あとはわしが引き受けるから、君はそちらへ……」


 村上先生が指し示したのは、教壇脇にあるイスだった。私は座ることはせず、その前に立った。

 彼が来たからにはもう安心だ。質問攻めにあうこともない。私は胸を撫で下ろす。


「ほい、注目。わしが今日から君達を受け持つ、担任の村上幸輔《むらかみこうすけ》だ。皆の名前はもう既に把握してるから、安心してくれ」


「マジでっ? じゃあ、俺の名前は?」


「サッカー部のお前を知らないわけあるかい! 小山だろ」


「わたしは?」


「やれやれ……林。お前は去年もわしのクラスじゃないか」


 そのあとも生徒達の興味を引きつつ、村上先生は巧みにクラスを扇動する。



 ……見習わねばならない。


 彼はこの学校に長くいる名物先生で、生徒からの人気も高い。皆、村上先生が来たことによって盛り上がっている。



 チャイムが鳴った。


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