遠い坂道

 あ、後ろ髪が跳ねている。素材が良いんだから、そこまで気を使ってほしいものだ。


「ちょっと、何あの子!」


 ぼんやり彼を見ていると、いきなり友美子がイスから立ち上がって色めき立った。



 私は思わず肩をびくつかせた。

「かーわいいー! 大学生かな? 声かけて来ていい?」


 黒目をキラキラと輝かせる友美子の視線の先には、アッシュグレーの髪をした少年がいた。



 ……やっぱり。



 私は嘆息した。




 初めて荒木美都夜を見た時から思っていた。荒木君は友美子のタイプそのものだろうな、と。



 生意気そうな面構えに染色した髪の毛に目つきの悪さ。そして薄い肌の色がまた、友美子の心を擽っているようである。


「あれ、うちの生徒だよ」


「はっ?」


 教えてやると、友美子は呆気にとられた様子で私を振り返った。


「マジ?」


 ズイッと顔を近づけられた私は後ずさりながら、こくりと頷く。



 嘘~、と友美子は唇を尖らせた。


「マジ羨ましいんですけど。あーあ、私も教師……目指せば良かったかな」


 真剣な顔つきで言う友美子に、私は半眼で言い返す。


「やめといて正解だったと思う」


「どうしてよ」


「現実問題、カッコいい子を見てる暇ないから」


「そんな夢も希望もない。教師と生徒……何か危険な響きがして燃えない?」


「燃えない」


 何が『燃える』だ。毎日が戦場だぞ、教師という職業は。

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