秘岸花
プロローグ
秋の入り口だというのにまだ暑さの残る昼下がり。
僕は雑誌の企画で現代画家の巨匠、黄倉泉一先生の別荘へお邪魔していた。

下女の案内で居間に通され、ソファに身体を沈めて冷たい麦茶をいただく。
開け放たれた窓の向こうにはよく手入れがされた日本庭園が広がり、丘の上特有の涼しい風を運んでくる。
額の汗を拭きながら、この清涼な風と風流な庭をどの言葉をもって切り取れば印象的に映しだせるだろうかと考えているとやがてドアをノックする音が聞こえ、僕は弾かれたように居住まいを直した。

「お待たせいたしました」

ドアの向こうから先生が現れた。
緊張したまま立ちあがって一礼すると、畏まる僕に人懐こそうな笑顔を浮かべながら近づき、手を差し出した。

「はじめまして」

僕は握手に応え、挨拶と礼を述べた。
「本日はお忙しい中で時間を取っていただいてありがとうございます」

「こちらこそご足労をおかけしまして。長い坂を登るのは大変でしたでしょう」

「なまった体を引きずりながら登るのは楽ではありませんでしたが、こんなに美しいロケーションに向き合えるのなら喜んで登りますよ。また身体を鍛えて参上します」

労いの言葉にそう答えると、先生は笑って、
「さすが言葉を商売にしている方は立て板に水の如く会話が流れますね」
と言い、
「こういったインタビューは初めてなんでお手柔らかに頼みますよ」
と続けた。

「こちらこそこそこんなこと初めてです。不慣れなので失礼があったらすいません」

僕は恐縮して頭を下げた。


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