オフィスの甘い罠
「教えろよ。

そっちの名前で呼んでやる」



(イヤ………。
そんなの、いらない……!)



言っちゃダメ、教えちゃダメ。



心の中で叫んでるのは
誰なんだろ?



《紫苑》の仮面を破られて
しまったあたし。



それじゃあ、今のあたしは
《梓》?



だけど梓は、人の温もり
なんて求めない。



こんなふうにあたしの心に
割り込んでくる相手に体を
許すなんて……そんなこと
絶対、ないはずなのに……。



「教えろって。

名前も知らないヤツを、
愛してなんかやれないだろーが」



その声が鼓膜を震わせた
とき、あたしの中で何かが
はじけた気がした。





「………梓…………」





熱にうかされたような声で
そう答えて。
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