あの日のキスを、きみに。
*01:強引なキス

ぐっと強く、まるで押し付けるように重ねられた唇。呼吸をするのもままならなくて、何度も彼の胸を叩けば、ようやくあたしを掴む腕から解放された。

涙目のまま彼を見つめると、彼は苦しそうに視線をそらす。


「…ねぇ。何であなたがそんな顔するの。」

「……別に。」

「そんなに、あたしとの別れがつらい?」

「……調子にのんな。」


素直、じゃないわね相変わらず。
まぁあたしも、人のことは言えないけれど。

でも、どうせこれが最後なら。
この部屋から出た瞬間、彼とは他人になってしまうのならば。
最後の最後くらい、少しくらい素直になるのもいいかもしれない。


「……なら、あたしはもう行くわ。」

「勝手に行けば。」

「ええ。…――じゃあね。あなたのこと、嫌いじゃなかったわ。」


最後まで意地っ張りな彼にそう告げ、ドアを閉める。最後にそんな言葉、狡いとはわかっていたけれど。

…――あぁ、あたし。
きっと自分で思っていたより、彼のことが好きだったのね。なのに、どうしてあたしは…

何だか胸が締め付けられて、思わず俯く。ポタリ、と落ちた雫に、ようやく自分が泣いていることに気がついた。

もっと早く、自分の気持ちに気づいていれば。いくら両親のためだからとはいえ、こんな婚約なんてしなかったのに。彼と生きることを選んだのに。


「…――っ、待てよ!」


止まらない涙をそのまま、耳に飛び込んできた声に足を止める。
振り向いた先にあったのは愛しい彼の姿。何事かと思う前に抱きすくめられ、さっき同様強引なキスがあたしに降り注ぐ。


「……何の、つもり?」

「自分だけ言い逃げしやがって、ずりぃんだよ。」


わかってたわよ、そんなの。なのにこんなの、あなたの方が狡い。余計、離れられなくなるじゃない。

身体を離して睨み上げた刹那、彼は意を決したように、とんでもないことを言い放った。


「…――俺と一緒に、どこか遠くへ行こう。ふたりで、どこかに。」


まるであたしの気持ちなど、全てわかっていたかのように。





  強引なキス


  ( もうきみを )
  ( はなしたりしない )
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