夕闇の旋律
「歌は好きだけど、たまにわからなくなるんだよね」

詩音は膝を抱えて顔を埋めた。

「何が?」

悠矢は詩音の隣に座って、詩音を見る。

「歌う理由」

ひゅう、と風が吹いて、悠矢のマフラーを揺らす。

マフラーは悠矢の口を覆うことなく、首元を暖めた。

「なんで私は歌うのかなって。試験のためなのか、誰かのためなのか、なんのためなのか、わからない。きっかけはあるけど、歌い続ける理由にはならないでしょ?」

詩音はそのまま顔を悠矢に向けて困ったように笑いかけた。

「でも私は歌うのを止めようとしないんだよね」

「それは……」

悠矢は口ごもった。

「じゃあ、俺のために歌ってよ」

「へ?悠矢くんのため?」

「俺は歌わないからさ。俺のかわりに」

「歌わないって……」

「歌ったりなんかしたら、周りがどうなるかわかったものじゃないんだよね」

くっくっと悠矢は笑う。

「ほら、例えばさ、寒くないよ」

悠矢がそう言って、詩音は膝を下ろした。

そして、あちこち体を動かす。

「……寒くなくなっちゃった」

「俺は寒いままだけどね。わかった?」

「うん。そっか。言葉だけなら暗示で済むけど、歌は魔法力あげちゃうもんね」

「俺は意識してないってのがさらに厄介なんだよね。そのせいで鼻歌くらいしかできないし」

悠矢は苦笑して、今のなし、と言った。

「きゃあっ寒!!」

詩音は慌てて丸くなった。

それを見て悠矢があまりに楽しそうに笑うものだから、詩音は思いっきり悠矢の背中を押した。

そして二人一緒にベンチから落ちた。
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