鮮やかな傷痕
「彼の嫌いなもの」
「これだけは食べられないってもの、
 ある?」


それは、
好きになった人に必ず聞く台詞

ピーマン、人参、茄子、辛いもの……

その単語を聞くだけで
一瞬にしてその時々にタイムスリップできる


どこか懐かしくて
すごく痛い



争いたくない

できることなら
穏やかに時を過ごしたい

たのしいことだけ……

そうやって笑い合えればいい

一緒にいる時間に
わざわざ喧嘩をするなんて馬鹿げている

ずっとそう思っていた


だから、あたしは
彼の嫌いなものを聞くようにした


大抵はあたしの好物だったりしたから
わざわざ二皿に分けて料理を作った

見るのも嫌だという人と一緒のときは、
あたしもそれを食べなかった

テレビドラマが嫌いだ、という人がいて
自然とドラマを見なくなった

あたしは野球が嫌いだから
彼がテレビで野球を見始めれば、
あたしは隣で本を読んだ


お互いの領域を
お互いが理解することは難しい


どんなに悩んでも
君の闇をあたしは理解できないし

どんなに思われても
あたしの闇を君は理解できないだろう


だから、
互いが互いの闇を抱いたままま、寄り添い合えれば

肌が触れることで
あたたかいと感じることができれば


それがすべてだ


他には何にもいらない


ましてや
争い事だなんて

馬鹿げている
くだらな過ぎる



「ただいまぁ」

いつもの様に靴を片方ひっくり返して脱ぎ散らし、彼が部屋に入ってくる

「腹、へったぁー」

あたしの顔も見ぬまま、シャワーへ向かう

あたしは、蛇口の水を止めてから
脱ぎっぱなしの汚れた作業着をまとめ、洗濯機をまわす


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