雪割草
 東の空に太陽がくっきりと顔を覗かせ始めた頃。

明るい香奈は公園の砂場で、近所の子供達と一緒になって遊んでいた。

シローの方はだいぶ熱も下がり、昨日の男と二人でベンチに座りながら、無邪気に遊ぶ香奈の姿を眺め、日向ぼっこをしていた。

「大変お世話になりました。

お陰様で体調も良くなりました。

見ず知らずの方に、こんなに良くしてもらって……。」

 シローは頭を下げ、言葉をかみしめるように言った。

「いえいえ、こちらこそ……。」

 男は恐縮しながら、

「お二人の方こそ、私の命の恩人なんです」

 深々と頭を下げた。

時折見せる、悲しそうなまばたきが印象的だった。

 男は遠くを眺めるようにしてから、斜めに首を回しシローを見つめた。

「昨日の夜、歩道橋でジャンパーを貸してくれましたよね?

あの温もりで、私は馬鹿な事をせずに済んだんです」

 膝に置いた手をぎゅっと握りしめた。

「いえ、そんな……。私はそんなにたいそうな事をした覚えは……。」

 小さくかぶりを振り、ベンチの上で腰を引き座り直した。

彼が言った゛馬鹿な事゛という言葉が心の隅にひっかかり、棘となりさまよっていた。

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