雪割草
 上田は今まで我慢していた分、大きく息を吸い込むと、反対車線のガードレールまで駆けて行き、眼下に広がる裾野の美しい景色に感動しているようだった。

追いかけるようにして、シローも上田の側に歩み寄り、

「いい眺めですね」

 声をかけた。

「えぇ、心が洗われる思いです」

 上田はガードレールに両手を着き、身を乗り出してそう言った。

「上田さんは、生まれも育ちも東京なんですか?」

「はい、東京で生まれて大学も就職も東京でした。

仕事一筋の人生だったので、あまり旅行なんてした覚えがありません。

こんなに綺麗な紅葉は、生まれて始めて見たような気がします」

「そうですか。それは良かった……。」

「はい……。

私は、こんな素晴らしい景色も知らずに生きていたんですね……。」

「………………。」

「香奈ちゃんにも見せてあげたかった……。」

 上田が感嘆の溜め息と一緒に漏らした。

 二人の頭上を枯れ葉が舞い落ちていった。

シローは郷愁の想いで、赤く色づく紅葉を眺めていた。

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