雪割草
 シローも自然と目を閉じていた。

彼女の声は弱々しく、鼓動を抑えていなければ、途切れてしまいそうなくらいに細かった。

「私は三年前まで普通の主婦だった……。

ううん……。けっして普通ではなかったわ……。

それまでの……。

前の主人というのは、すぐ暴力を振るう人だったの……。

お金は持っている人だったけれど、内面的にはとても寂しい人だったのね。

毎日のように、私は殴られたわ……。

お金が……。

お金があれば、幸せになれるんじゃないかと思って結婚した私も、馬鹿だったけど……。」

 美枝子の唇が震えているように感じた。

背中越しに届く言葉の端々が、それを伝えていた。

 そして、シローの胸の内で、全ての疑問が解決していった。

頭の中の白いキャンパスが、黒く塗りつぶされていくかのように思えた。

゛おまえ……。その傷跡は……。

まさか!あのお金さえも……。゛

 シローは問いただそうとして、振り向いた。

「シローさん!青だ!」

 ニシヤンの言葉が現実に引き戻し、シローはハンドルを握り横断歩道を走り始めた。

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