雪割草
 途中のスクランブル交差点で赤信号に足止めを食らってしまい、気持ちばかりが焦っていた。

新宿の高層ビルは目前まで迫ってきているのに……。

車の流れを目で追い身構えていると、荷台に横たわる美枝子が、か細い声で譫言のように囁いた。


「シローちゃん……。シローちゃん?」

 苦しさを押し殺し、懸命に言葉を伝えようとしていた。

「どうした美枝子?どこか痛むか?待ってろよ、もう少しだ!」

 シローはその場で地たんだを踏んだ。

「あのね、シローちゃん……。

シローちゃんに、お礼が言っておきたいの……。」

 車道の騒音に紛れ込む、その声に耳を傾けた。

「分かったよ、美枝子。後にしてくれ」

 自分のズボンで手の汗を拭き、リヤカーのハンドルを握り返した。

「ううん……。今じゃないと……。

今、言っておきたいの……。」

「………………。」

 返す言葉が見当たらず、押し黙ったままでいた。

 美枝子は天を仰ぎ、目を瞑りながら、一言一言を噛みしめるようにして語り始めた。

「シローちゃん……。

私は、あなたと出会えて、本当に良かったと思ってる。

神様には、とても感謝しているわ……。

「もしもーーあの時……。」

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