花日記

俺が姿を見せたことで、綾子付きになった侍女達が一気に華やぐ。



「綾子は中か?」



その侍女達に聞くと、「はいっ!」と一斉に大きな返事が返る。



「姫様にお伝え致します。
申し訳ございませんが、少々お待ちくださいませ。」



俺が無言で頷くと、身分の高いオバサンが中へ入っていった。



オバサンはすぐに戻ってきて、俺の前で頭を下げる。



「どうぞ、御入りください。」



その言葉を受け、侍女が襖を開けてくれたためそのまま綾子の部屋に入った。



「綾子、邪魔をする。」



無言で入るのはいささか気が引けて、適当に声をかけた。



綾子はポカンと間抜けな表情でこちらを見ていた。



上座の敷物が空いていて、綾子はその横の辺りに座っていたので、俺はいつもの上座に座る。



俺が座る時の衣擦れの音だけがやけに大きく響いて、部屋は静寂に包まれた。



お互い、何と話し掛けたらいいのかわからないのだ。



口を開きかけて、また閉じる。



それの繰り返し。



その空気にいたたまれなくなって、ついに決心して声を発した。



「宴は、どうであった?」



たいしたことない、普通の話題。



それを切り出すだけのことたのに、何故こんなに迷い、考え、緊張するのだろう。



普通に、話し掛けることすら憚られるような、そんな不思議な感覚に陥る。



綾子といると、俺が俺で無くなってしまう気がする。



本当はもっと話したいのに。



綾子に美しい花や、鳥や、和歌や、漢詩のことを話したいのに。



綾子のいた、未来の世界のことを聞いてみたいのに。



たったそれだけのことが、とても難しいのは何故だろう。


< 54 / 103 >

この作品をシェア

pagetop