花日記
綾子はなかなか答えてくれない。



「どうであった、と聞いているのだが。」



つい、不機嫌な態度になってしまう。



子供だな、と思うがもう遅い。



眉間に目一杯皺を寄せて、じっと綾子を見据える。



「えっと…」



やっと届いた言葉は、求めていたものとは程遠い。



それでも、声が聞こえただけで眉間に寄った皺が徐々に消えていく。



俺はつくづく単純だな、と思う。



「ご飯が、とっても美味しかったわ…」



「…は?」



予想外の答えに、思わず拍子抜けしてしまった。



「飯が?」



確かに、ちらりと綾子を見てみた時、綾子は膳に夢中だった。



見たのはほんの一瞬だったが、よく覚えている。



しかし、宴のどんちゃん騒ぎや、猿楽や白拍子の舞や、振る舞われたたくさんの酒を差し置いて、飯が旨かった、というのはどういうことか。



「やっぱり、この時代だと釜で炊いるのよね。
だからかしら、あんなに美味しいご飯は久しぶりです。」



綾子には呆けた俺は全く目に入っていないのか、満面の笑みでそう言った。


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