Fahrenheit -華氏-

フロアに戻ると、外資物流管理部のブースで部長が一人パソコンに向かって電話をしていた。


真剣な眼差し。


仕事に関しては一切の妥協を許さない。彼はそういう人だ。


「与它的问题,谢谢(その件はそれでよろしくお願いします)」


滑らかな中国語。


あたしが最も苦手とする言語。


だって漢字が多いんだもの。(というか全部が漢字)


部長は中国語が堪能だ。以前は何度も出張で中国には脚を運んでいたらしい。


中国は今最も勢いのある国の一つで、急速に成長しているとも言える。


狙いは、正しい。


でもその狙い通りの戦線を仕掛けるのは、苦難の技だ。


部長はそれはまるで息をするように簡単にやってのける。


華麗とも言うべきか…






だけど……


相変わらずデスクの上は散らかっている。


いくら注意しても直らないので、最近は注意するのも諦めた。


書類やファイルの束が山積みになっていて、その中から色のきれいなパンフレットのようなものがはみ出ている。


“英会話教室”


と書いてあった。


「部長、これは…」


あたしは英会話教室のパンフレットを抜き取ると、部長をちらりと見た。


部長はもう受話器を置いていた。


「あ、それ?俺、英語苦手だから。英会話教室にでも通おうかと…」


部長は恥ずかしそうに頭を掻いた。


仕事に関する努力を惜しまない人……


何でも貪欲に吸収しようとする人…



そう言う人は嫌いじゃない。




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