Fahrenheit -華氏-

「俺小さい頃この名前が嫌でさ~」


俺の言葉に、口を両手で覆って眠そうに小さく欠伸をもらしていた柏木さんが、その手を止めふっと俺を見た。


「どうしてですか?」


「啓人って何か外人みたいじゃん?目の色も普通と違ったし、それを理由によく苛められてた」


っつっても小学校の低学年ぐらいの話だったけど。この頃クラスで俺はまだ身長が低い方だったし、顔も女みたいだった。


おまけに今みたいにふてぶてしく、態度がでかい俺じゃなく、引っ込み思案のところもあったから。


だから苛めの対象になったんだろうな~


「部長がですか?苛めてた方じゃなくて?」


興味深そうに目をぱちぱちさせている。


どうやら眠気が少し遠のいたようだ。


「あのね。俺をどんな人間だと思ってるの?」


俺は思わず半目で柏木さんをちょっと睨んだ。


「何となく……部長は小さい頃からクラスのリーダー格だったのかな、って思ってましたから。」


「意外?それとも幻滅した?」


「意外ですけど、幻滅はしてません」


やっぱり柏木さんは柏木さんだぁ。


俺はすぐ近くにある柏木さんの頬に軽くキスをすると、布団の上から彼女を抱き寄せた。


「柏木さんの瑠華って名前も可愛いね。もしかして新約聖書からもじったの」


柏木さんは俺の腕の中に擦り寄ってくると、目だけをちょっと上げた。


「よくご存知ですね。そうです、“ルカの福音書”からとったものです」


「うちは母親がカトリック系だったから」


俺はちょっと笑った。


ちょっとだけ首を捩ると、首に下がったシルバーチェーンのロザリオを取り出す。


小さな十字架がクロスしている中央に、小粒のターコイズの石が乗っている。


俺の誕生石だ。


「俺の母親の最後のプレゼント。デザインが気に入っているから未だにつけてんだけど」


いひひ、と笑ってごまかした。


マザコンだと思われたらどうしようかと思ったけど、不思議と柏木さんには素直に話したかったんだ。




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