Fahrenheit -華氏-

だけど柏木さんは俺のことをバカにしたり、冷めた目でみたりはしなかった。


俺に初めて見せるすごく穏やかな微笑みを……綺麗に浮かべていたんだ。


俺のロザリオを握った手に、柏木さんの手がそっと重なる。


冷たい手だったけど、何故か温かい気持ちが伝わってきた。


柏木さんは俺の手からロザリオが離れてしまわないよう、子供に握らせるように俺の手を両手で包んだ。







「大切にしてあげてください」






柏木さんはきれいに微笑みながら言った。


「このロザリオを?」


何に対しての言葉か正直分からなかった。


ただ柏木さんの言葉は漠然として、捉えどころがなかった。





「全部です。




ロザリオもそうですが。



あなたが与えられたその名前も、



その体も、



あなたのお母様が愛情を込めてお育てになったものです。





だから大切にしてあげてください……」





そんな風に言われたのは初めてだ。


実の父親でさえ、俺に対してそんなこと言ったことないのに。


柏木さんの言葉には威力がある。


一つ一つに魂が宿り、そこから命の息吹を感じられる。





柏木さんの笑顔は人を安心させる。


温かくて、幸せになれるんだ。






俺はこんな風に優しく笑う女をもう一人知っている。




俺の母親だ―――








< 219 / 697 >

この作品をシェア

pagetop