Fahrenheit -華氏-

柏木さんの一度開きかけた心の扉が、音もなく俺の目の前でゆっくりと閉じていく。


でもその扉を閉じたのは、彼女自身でもなく―――まぎれもなく


俺だった―――





これ以上何かを言っても余計彼女を怒らせるか、傷つけるだけだ……


「勝たせてくれてありがとう」


俺は顔を上げて眉を寄せた。


俺の言葉に柏木さんは一瞬…ほんの一瞬だけど悲しそうに目を伏せた。


「いいえ」


「……でも何で俺?麻野じゃなくて、何で俺だったの?」


綺麗に立ち去りたかったのに、疑問が押し寄せてくる。


こんなの俺じゃない。


こんな去り際まで往生際が悪いのなんて……何だかかっこ悪い。


「言ったでしょう?部長は楽だって。それ以上何の感情もありません」










何ノ感情モアリマセン








その言葉が俺にとってどれほど楽なのか…


これ以上に楽な関係ってないって、分かってるのに……






俺の心はナイフが突き刺さったかのように






痛かった―――











< 250 / 697 >

この作品をシェア

pagetop