Fahrenheit -華氏-
柏木さんは小さく口を開けると、上品におにぎりに口をつける。
もぐもぐ口を動かせ、口元に手をやると、
「……おいし。どこに売ってるんですか?」と聞いてきた。
「あ、それ俺」
「え?」
「いや…俺が作った…」
自分で作った晩飯をおにぎりにしてくる俺が何だか庶民じみていて、恥ずかしかった。
そこそこ金持ってるのに、ケチるなよ。って思われそうだ。
だけど柏木さんは目をぱちぱちさせると、
「は?」
とびっくりしたように口を開けてもう一度聞いてきた。
「だからっ。俺が作ったの、それ。ついでに言うと昨日の晩飯」
もうやけくそと言わんばかりに俺はちょっと声を荒げた。
「……部長が…。どうやって作るんですか?」
「どうって…焼き鮭ときのこ類と米をだし汁と醤油、みりん、酒と一緒に炊くだけ。簡単だよ」
……俺、好きな女になんでこんなこと話してるんだろう。
もっと大人な会話がしたいのに…
これじゃまるで主婦の会話だ。
でも柏木さんはちっとも俺に引く気配もバカにするわけでもなく、
「すごいですね」
と、はっきりと感心の返事を返してきた。