Fahrenheit -華氏-


俺は裕二の腕を掴むと綾子から引き離した。


「啓人……」と、ようやく裕二から解放された綾子が、ちょっと困ったように俺を見上げてきた。


「何だよ?喧嘩か?珍しいな、お前らが」


裕二は俺の腕を乱暴に払うと、


「何でもない」


と無愛想に言って、エレベーターに乗り込んだ。


後に残された綾子はバツが悪そうに顔をしかめてエレベーターが降下するのを見送っていた。


「何だ?あいつ…」


俺はらしくないあいつを見て首を捻った。


変―――と言えばあいつも変だな。



「ところで、啓人どうしたの?」


「あぁ、会長のスケジュールってどうなってる?こないだ渡した企画書の件を聞きたいんだけど…」


「…そんなの、内線かメールで聞いてくれれば良かったじゃない…」


と綾子が苦笑いを浮かべる。


こいつも―――変だな。



まぁ喧嘩の現場を俺に見られたわけだからバツが悪いだけか。


そう思って俺は勝手に納得した。













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