Fahrenheit -華氏-

■Misstep(失敗)


柏木さんは肩に置かれた俺の手と、俺の顔をゆっくりと見比べた。


今にも泣き出しそうに、瞳を揺らしている。


「引くかよ……そりゃ男の方が明らかに悪いだろ。ってか何でそのときぶったぎっておかなかったのよ?」


柏木さんは涙をこらえるように何度も瞬きをして、ちょっと口の端に笑みを湛えた。


「ちょっと脅してやるつもりだったんです。それに本当にしたら傷害罪で捕まっちゃうでしょう?夫のアソコを切って御用なんて、恥ずかしくて顔向けできません」


そりゃそうだ…


やった方もだけど、やられた方も恥ずかしくて一生外に出られん。


俺は自分のことを想像してぞーっとなった。


ってか、柏木さん発言が過激ね。キャっ♪









「離婚してどれぐらい?」


「……1年とちょっとです」


「ふーん」


何気なく呟いて俺はグラスを手に取った。






「結婚は―――あたしの人生の中で唯一の汚点です」







そう言った柏木さんはそれきり黙りこんでカクテルを飲んでいた。



彼女の中でもうケリはついてる?




でもMは………




Mは何で今更柏木さんとやり直したいなんて言ってきたんだろう。


結婚するぐらいだから、昔は彼女を愛していた。


その想いが最近になってまた浮上してきた?


包丁を突き出されたという過去がありながらも、彼女とやり直したいと想うほどに……





でも



残念だな。






お前が一旦離した心はもう



お前に戻らない。




彼女の本心を聞くのも


涙を拭うのも


彼女を笑わせるのも




今は全部俺だ。






お前には戻させない―――










< 416 / 697 >

この作品をシェア

pagetop