Fahrenheit -華氏-
浮気の代償は大きかったな。
ご愁傷様。
チーン…
俺はきっちり両手を合わせて目を閉じた。
俺の仕草に柏木さんが軽く声を上げて笑う。
「死んでませんって。現に電話がかかって来るじゃないですか」
地獄からの電話??
こっわーーー!!
俺の表情を見て柏木さんは、ふっと涼しく笑った。
「別に本気で殺してやろうなんて思わなかったですよ。あんな男の為にあたしが刑務所に行くなんてまっぴらごめん。ただ……」
その続きを聞くのが怖かったけど、聞かずにはいられなかった。
俺はごくりと喉を鳴らした。
「二度と女とセックスできないよう、ぶったぎってやろうと思いましたね。もちろんそんなことしませんでしたけど」
ガタガタっ
柏木さんのアブナイ発言に俺は椅子からずり落ちるところだった。
危ういところで何とか踏みとどまる。
な…なんてバイオレンス……
猟奇的な彼女もいいところだ。
命の方がまだまし!!
「け、結構激しい過去をお持ちなのね……」
俺は何とか苦笑いを浮かべた。
若干口の端が引きつる。
「引くでしょう?」
そう言ってカクテルグラスに口をつけた柏木さんの横顔は、
やっぱり寂しそうだった。
今なら
今だからこそ
過去話にしてほとんど他人の俺に打ち明けられる話だけど…
きっと柏木さんはいっぱい悩んでいっぱい泣いて
そしていっぱい傷ついたんだ―――
俺は彼女の華奢な肩にそっと手を置いた。
「引かないよ」